「核実験」による被害

「核実験」という用語は被害の実態を隠ぺいする!

           「核の無いマンハッタンプロジェクト」ニューヨークの井上まりさんから。

 「2025世界核被害者の権利宣言」のフランス語訳の完成に伴い、フランスの核実験の影響を受けたマオヒ・ヌイで活躍している方から、以下のようなコメントをいただきましたので共有します。貴重な指摘です。

 

 「核の暴力の影響を受けた私たちのコミュニティにとって、被害者の権利や、認定、賠償、医療へのアクセス、情報、そして正義の必要性を明確に確認した文書は、貴重なツールとなります。私は間違いなく、この文書をフランス領ポリネシアのネットワーク内、さらには太平洋全域で広く共有していくつもりです。

  私たちにとって非常に重要となっている用語に関する一点について、敬意を込めてご指摘させていただきたいと思います。フランス語版では「essais nucléaires」(核実験)という用語が使用されていますが、私たちはこの表現を使わないようにしています。

 

 「テスト」という言葉は、技術的で中立的、科学的な意味での実験的なもののような印象を与えます。それは、実際に起きた出来事の真の暴力を軽視してしまう恐れがあります。フランス領ポリネシアにおいて、これらは単なる「テスト」などではありませんでした。1966年から1996年にかけて、ムルロアとファンガタウファで193発の核爆弾が爆発させられ、人間、健康、環境、文化、そして世代間にわたる影響をもたらしたのです。

  私たちの多くにとって、「核実験」という用語を使い続けることは、国家や核保有国の語彙を繰り返すことに他なりません。この言葉は、長い間、容認できないことを容認できるかのように見せかけ、爆発、汚染、病気、苦しみ、そして責任という現実を隠蔽するために使われてきたからです。

  だからこそ、私たちは、むしろ“nuclear experimentation,” “nuclear detonations,” “nuclear explosions,” あるいは“nuclear bombs”という表現を使います。これらの用語は、核被災地が経験した現実を可視化してくれるため、私たちにとってより正確な表現であると思うからです。

  「核実験」という表現が、国際的な文書や活動家の文章において依然として広く使われていることは十分に理解しています。しかし、直接影響を受けた地域社会が、言葉の在り方の変化を提案できることが重要だと私は考えています。言葉は単なる言葉ではありません。そこには、歴史観や責任、そして正義が込められているのです。」

 

この指摘を深く刻みたいと思います。どのような日本訳にするか、検討したいと思いますが、とりあえず現時点ではこの指摘を受け止めて「核実験」と表記しておきます。

 

                                             <写真:アメリカ国防省>

世界の「核実験」は1945年から2000回以上実施され、主に米ソ仏中英により行われた。大気圏内「核実験」による「死の灰(放射性降下物)」は地球規模で拡散し、マーシャル諸島やネバダ州など実験場周辺の住民や軍人、漁船(第五福竜丸など)に、がんや健康被害、環境汚染、強制移住などの長期的で甚大な「グローバルヒバクシャ」被害をもたらした。 

 

「核実験」による主な被害実態

累計回数と主な実施国: 2023年までに計2063回(未臨界実験除く)。米国1030回、旧ソ連715回、フランス210回、英国・中国各45回、インド・パキスタン・北朝鮮各6回。マーシャル諸島での被害: 1946~58年、米国がビキニ環礁などで67回の「核実験」を実施。エニウェトク環礁の4島が消失、島民の強制移住、汚染による帰還困難が続いている。

 

健康被害と被爆:

死の灰(放射性降下物): ビキニ事件(1954年)では第五福竜丸の乗組員が被曝、ほか約992隻の日本漁船が放射能汚染。

風下住民(ダウインウィンド・ピープル): 米ネバダ州や旧ソ連セミパラチンスクの周辺住民において、がん、白血病、甲状腺機能障害が多発。

被爆兵士: 「核実験」に従事した米軍・英軍兵士に健康被害。

環境破壊と長期的影響: 大気圏内実験(1980年まで)は地球環境を広範囲に汚染。残留放射能は「ルニット・ドーム」などに封じ込められているが、環境汚染は長期化している。

地域文化の破壊: 居住地を追われた人々の伝統的な生活や文化が根底から破壊された。 

1980年以降は「地下実験」に移行したため環境への直接的な放射能拡散は減少したが、核兵器が存在する限り、「実験」の犠牲者は「終わらない」被害に苦しみ続けている。 

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マーシャル諸島 「世界のヒバクシャ」IPPNW(核戦争防止国際医師会議)ポスター展より
1946年から1962年の間に106回の核実験がマーシャル諸島で行われた。
マーシャル諸島核実験.pdf
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